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【北海道東北】 秋保電鉄線路跡探訪

10月25日(土)に行われた、
「秋保電鉄線路跡探訪」(宮城県仙台市)
の報告です。
参加者10名で行われました。


m秋保1
終点長町ターミナル跡で記念撮影


m秋保3
秋保温泉駅はここにありました。


m秋保4
生出おお曲りにて記念撮影


m秋保2
第一トンネルを抜けて




参加者の声

先人の偉大な功績「秋保電鉄線路跡」を訪ねて

今から約50年前まで、仙台市長町から秋保温泉までの16kmを
「秋保電鉄」が運行されていたが、10月31日(土)一日かけて、
この電車の軌道跡を探訪する企画に参加した。

探訪は秋保温泉駅から長町駅を目指したが、
今でも当時の線路や駅舎の跡を確認できるだけでなく、
沿線の神社には安全運行を祈願した石碑なども残っていて、
当時の関係者のご苦労が読み取れた。

途中、往時を知る関係者との出会いがあり
当時の経済事情や今後への鉄道の熱い思いを伺う事が出来た。

小林さん(初代社長のご子息)と
茂庭駅で駅長をされていた菅原さんの説明で歴史的な役割がわかった。
当時沿線は交通が不便だったため、秋保電鉄は貴重な生活路線だった。

また、切り出した秋保石を長町駅まで運搬する傍ら、
一時期沿線の三神峯(みかみね)にあった東北大教養部の学生や、
旗立にあった宮城農業短大寮生の重要な足になっていた。
太白山登山へのアクセス、秋保温泉への湯治など利用は多彩だった。
第二次世界大戦末期はよく脱線もしたそうな・・・。

昼食時には西村さん(初代社長のひ孫)が当時の資料を調べ上げて、
秋保電鉄を山形までの延長する構想があった事、
秋保から青根温泉を経由して遠刈田温泉へ出て
大河原町まで行く環状線の計画もあった事の説明があった。
戦争がなければ今の仙山線は秋保電鉄の延長で作られたかもしれない。
勾配がゆるく、秋保までできている路線を使用すればすぐできたからだ。

日ごろ運動不足で体力に不安だったが
みんなで歩けば16kmも歩けるものだと思った。
また、歩く速度だから見えてくるものを発見できた。
お三方のお話を聞いて、もし、当時が平和だったら、
公共交通として、損得だけで判断しない状況があったら
今も存続していたかもしれないと強く思った。



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